かめのように、ゆっくりと。

自由に生きたい20代女子の雑記ブログ。

固定観念。続き。

 

わたしの「固定観念」兼「トラウマ」

 

 

①自己否定

 

思うに、お父さんの影響が大きい。

お父さんのことは大好きだし、本当にこの人が父親でよかったと思うが、

さいころは、なんで怒っているのかわからなかったし

頭ごなしに怒られ反論できなかったし

自分の意見を言うと、大抵は否定され「もっとよく考えろ」的な感じで言われてきた。

 

いくら考えても合格ラインに達しない感覚

知識を増やさないと認められない雰囲気

念入りな準備をして発言しないと叩き潰される恐怖

 

今はそんなことは無くなったけども、

さいころの経験だから、トラウマさんになってまだ残っている可能性はあるよね。

 

(パパ見てたらごめんね。本当に嫌いなわけじゃないのほんとに!!)

 

 

②ちゃんとしなきゃ

 

これも上と通ずるところが大きい。

うちの家族(特に父親家系)は、

けっこう意見を言い合って議論するのが好きな人が多い。

 

おじいちゃん・おばあちゃんちに帰ると

夜は大人たちによる議論が繰り広げられたり、

大きくなると自分たちも意見を求められたりした。

(でも発言なんてできるわけない(①参照))

 

わたしは共感性が高いのもあって、

いろんな人のいろんな行動や思いを理解できるけれど、

ほかの親戚たちは、自分の軸や「常識」に当てはめて、

人を、くずだ、馬鹿だ、害だと否定することが多い。

(これはうちの親戚に限ったとこではないけどね)

 

それを小さいころからずっと聞いていたので、

「あ、そういう人たちになったら嫌われちゃうんだ」

「『ちゃんとした人間』じゃないと認められないんだ」

って刷り込まれた可能性が大きい。気がする。

 

 

③自分を出したら嫌われる

 

これは、学生時代の記憶ですー

とらうまですー

 

今なら、人と違うことも個性だと認められるんですが、

学生時代って世界が狭いから、そうはいかなかったんですね。

この、周りとちょっとずれてる感じが、周りに受け入れてもらえず

(自分でも浮いていることを受け入れられず)

ハブられたり、理解されないことも多かった。

だから、周りと合わせる、自分を出さずに静かに過ごすことに注力していました。

 

そうすれば、みんなと一緒、嫌われないって思っていたんでしょうね。

心の奥底で、自分を否定して、

本当の自分でいてはダメだって思いこんじゃったんでしょうね。

 

 

④差別感

 

①~③より、自分の中に差別感が出来た気がしますー

「かまってちゃんは好きじゃない」とか

「常識のない人は嫌いだ」とか。

別にそう思ってはないんですけど、心の中ではそう思ってる(矛盾←)

 

だから、自分はそうなりたくない、自分はそうじゃないって思いたいんだろうなぁ。。。

 

 

…うん。

 

 

いま思いつくのはこんなとこだなぁ。

 

なんでここに上げたかっていうと、

皆さんに知ってほしかったから。

こうやって、発信することも、克服への一歩だと信じて。

 

この後、ちゃんと手で書き出して整理しようと思います。

 

では。